日本のことがお気に召しますように Hope you find Japan to your taste.

相対的な価値感その1

 

障子と庭

 

日本人は、相対的な価値観を持ち、原理原則を持たないことが賢明と思っている。

 

普段、意識していないかもしれないが、日本人には、絶対価値観がない。

 

相対的な価値観とは、みんなの意見や好みが黒、ならば私も黒という判断の仕方。

 

絶対的な価値観とは、まわりはみな黒、恋人も家族も黒、でも私は白、あるいは、周りに関係なくて、たまたま周りと同じみたいだけど、とにかく私は白、最初から白という価値観。これをどんな時も貫くというもの。

 

周りや比較対象などなく、つまり相対的でなく自己完結した価値観だ。

 

絶対的価値観の根底には、原理原則を重視する大陸型の風土がある。

 

大陸型の風土では周りを気にする前に、まず自分が何を考えてるか、何が欲しいかはっきりとさせる必要がある。

 

最小の単位は、家族というより個人かもしれない。

 

でも島国で狭い共同体で暮らしていた日本人には、まず共同体の和を大切にする風土がある。

 

水田稲作農業の村落では勤勉さと協調性による共同作業が大切だから。

 

そこが狩猟社会と違う。

 

島国で農耕民族だからというだけの理由では説明つかないような気がするため、大陸と島国、農耕民族と狩猟民族という違いで説明するのは横暴かもしれない。

 

和を大切にする日本の風土では、原理原則を持たないことがルール。

 

絶対的な価値観ではなく、相対的な価値観が支配しているということ。


相対的な価値観その2

聞き耳を立てる

 

日本に戸惑いながらも、日本で暮らして、日本が理解でき、日本を研究した結果、日本が好きになった外国の人が思うのは、日本は自由であるという感覚らしい。

 

最初から日本にいる身には、その真意は分からない。

 

平和が無いとか、上辺だけの自由や平等や博愛とか、名ばかりの自由で束縛だらけという自分の国と比較してということなのか。

 

例えば、日本において、商品開発、サービス、料理、技術革新などにおいて自由な発想をするのは、堅苦しい頭からは思いつかず、既存のものを壊すくらいの常にゆるーい発想を持っている所以である。

 

日本の文化を頑なに引き継ぐ保守性は持っていても、少しづつ時代に合ったものを改良していく革新性や先進性はある。

 

例えば伝統的な料理の味を変えない、物づくりの製法を変えないという意味では、欧米の方が頑なで保守的だ。

 

相対的、わびさび、禅の考え方、ムラ社会、島国、・・・いろんな要素が複合的に合わさったものが日本人。

 

流動的な対人関係や社会を睨みながら臨機応変に対応していくコツが、普通に誰にでも持ちあわせているようだ。

 

そういう日本社会では、常に自分が周りからどう見えているか、周りはどう考えるか気にしてしまう。

 

周辺の評価でコロコロと自分の価値が決められると思っているかのよう。

 

だから常に世界からどう見られているかを気にする。

 

たまに、著名な日本人、例えばアスリートやアーティストのことを、どう思っているか、海外の人に尋ねるTVインタビューがあるが、あまり好きではない。

 

  「今回の○○選手の活躍をどう思いますか?」

 

褒めてもらうことを前提の質問。

 

褒めてもらうことで安心する。

 

逆に褒めてもらえないと安心できず、寂しい。

 

お墨つきがないと自信持てないような。

 

選手本人は周りの評価に関係なく自身を持っていても、日本のマスコミや国民は相対的な評価の声がほしい。

 

当然、周りの声を気にする選手もいる。

 

逆に海外のインタビュアーから、自分の国の著名人の評価を何回も聞かれるとしたら、うんざりする感覚は少しは想像できると思う。

 

とにかく、日本人は、どう思われているか、どう見えるのか気にしすぎ。

 

悪ければ直そうとする。何か言われるから是正しようとする。

 

相対的に反応するから、何かしてあげなきゃとか、何か解消することを考えようとする。

 

これを見透かして、ここに付け込む近隣諸国がある。

 

悪いことを言われるから問題視する。

 

逆に言えば、何も指摘されなければ自浄能力は衰えてしまうのか。

 

日本の成長を止めようとすれば、褒め殺しにすればいい。

 

何も問題ない靖国問題も、近隣諸国から言われ続けることがまず負担に感じてしまう。

 

言われ続けることを解消しようとする心理。

 

なので問題の本質を考えずに、争いの種を取り除いてホッとしたいだけだったりする。

 

ほんとに相手あっての問題意識。

 

絶対価値観が無いことを政治的に利用されていることを知るべき。

 

日本人だけの社会ではその価値観で良かった。でも、時代は違う。

 

 

柔軟な発想や、ゆるーい考え方は、裾野の広いサブカルチャーを生む。

 

しかし、世間を気にすることで確立させようとする自己は、柔軟とは思えない、

 

それが日本。


相対的な価値観その3

厳島神社

 

日本には、宗教的な根本理念や生活のベースを貫いている一つの価値観のようなものはない。

 

例えば、キリスト教のように、このモラル、この基準を適用してものの良し悪しを決めるというものがない。

 

日本では、農耕社会で人と共同して作業に取り組むことが良しとされる日本社会では、争いは和を乱す穢れ。

 

臨機応変に、相手次第で柔軟に立ち居振る舞うことが求められる。

 

長い歴史や風土が生んだ国民性だ。

 

周辺の状況次第で価値観が変わる相対的価値観を持つ日本人。

 

その価値観と連動するのが臨機応変。

 

臨機応変に対処したい柔軟さを保持したい日本人。

 

かつて、日本共産党の中央委員会議長だった人が、

 

  「基本路線を踏襲しつつ、臨機応変に対処する。」

 

と述べていたことを思い出す。

 

いい意味で、卑怯で都合の良い言い回しに聞こえた。

 

  「我々は、核となる骨となる考え方を持っているが、
   柔軟な頭を持っており、全方向に対応できる体制だ。
   すべてを睨み、すべてに対処できる。」

 

というようなことを強調したかったかのように思えた。

 

実際はそうでないからそう宣言したのではないか。

 

軸はあるようでなく、左巻きの人たち特有の内部抗争にあけくれ、実際は、ガチガチの理想論ありきで、絶対的価値観を曲げる気もない。

 

暴力や戦争が嫌いだということで一致しているが、自分の考えが一番と思っているため、気に入らない者を排除するための暴力は許されると思っている。

 

譲れない正義感をそれぞれが必ず持っている。

 

オスプレイを阻止するために、凧糸でなくワイヤーで凧を揚げる人々がいたが、矛盾も甚だしい。

 

墜落事故の危険を訴えるためには、ワイヤーが絡まって墜落させることは正しいのだ。

 

悪意がないと思いつかない発想で、墜落のリスクという意味では、ワイヤーの凧糸に絡まるリスクの方がよっぽど高い。

 

自分たちの正義のためには、許される事故や殺人の典型。

 

  「基本路線を踏襲しつつ、臨機応変に対処する。」

 

これは理想のようにも聞こえる。

 

体に軸を一本通し、基本的な骨組みとなる考えを持っているが、時と場合、時流や空気で判断し、柔軟に対処する姿勢の決意のようだ。

 

しかし、ここで言う臨機応変は、人に言われたからとか、大声で騒がれるから信念を曲げたということになってしまいがち。

 

近隣諸国が付け込むはず。贖罪意識もあってよけいにふらふらしてしまう。

 

心が揺れているから、わざわざこんな言葉がでてしまうのか。

 

嫌われても、ひとりぼっちになっても貫く基本路線なら本物なのだが。


相対的な価値観その4

右往左往

 

普段、車を運転する時、前方の車や後方の車が、車線のライン取りで、ふらふらと揺れている場合がある。

 

後方から、「オラ、オラ」と煽りながら揺さぶっている車、後ろからのプレッシャーに負けまいと端っこを走ったり、真ん中を走ったりして動揺している車。

 

単に、どちらかが初心者の場合もあるだろう。

 

冷静に観察していると、左右に振らずにいられないみたいだ。意識する相手が現れると。

 

敵意があろうとなかろうと、動揺していることは間違いない。

 

心が揺れていることを隠すつもりの心理がそういう行動を起こしているのかもしれないが、やはりストレートに動揺しているだけ。

 

この時計の振り子の揺れ戻しとも見れるバランス感覚は、非常に見苦しい。

 

ど真ん中を走る意固地さは要らないが、普通に道なりに走ればいい。

 

前後に車が走っていてもいなくても。

 

相手に左右されていることを知った方がいい。

 

一人ではやらない行動。

 

相手あっての相対的なもの。

 

 

例を挙げるのが難しいが、例えば、真剣な表情をずっとし続けていると知ったら、ヘラヘラ笑おうとする。

 

全共闘世代も思想信条を持ち続ける人はわずかだった。周りが覚めると覚める、冷めると冷める。

 

信念を持ち続けることは難しい、というより、最初からこだわっていない。

 

やはり、その時の空気が支配する。

 

日本人が、「未来永劫・・・」と言い出したら、要注意かもしれない。

 

一本筋を通し続けること、何かをし続けることは苦手なのかもしれない。

 

意固地で柔軟性に欠けると思われるのはイヤなようだ。

 

車線のライン取りに揺れる車、表情や思想信条の揺れ戻し、・・・

 

日本人の行動基準は、やはり相対的だ。

 

 

ただ、最後に日本人の誇りとして言っておかないといけないのは、日本人として強く貫いている価値観や信念があるとすれば、それは、人のために貢献したり、手助けしたりするというもの。

 

これは、基本的にみんな備わっているような気がする。

 

この実践においては、現場の判断で独断でやり通す気概を持っていると思う。

 

時には命を捨ててでも。


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