日本のことがお気に召しますように Hope you find Japan to your taste.

日米の攻防〜太平洋戦争とは何だったのか?(1)

 

zero figheter 零式艦上戦闘機

 

(1)背景

 

 ・第二次世界大戦前および大戦中における対立構図

 

  ドイツ+イタリア 対 フランス+イギリス
  ドイツ 対 ソ連(+フランス+イギリス
  アジア諸国を植民地にしている列強(イギリス、フランス、オランダ)と日本との対立

 

  他に、日本、ロシア(ソ連)、アメリカ、ドイツ、イタリアなどの大国が列強(great power)と言われた。

 

 ・19世紀半ばからの黄禍論(おうかろん Yellow peril)

 

  古くはモンゴル帝国、近代では日本と中国などの黄色人種に対する人種差別や脅威があった。

 

  黄色人種による安い労働力で白人の雇用機会が損失
  白人の国ロシアを破った黄色人種である日本への脅威
  ゴールドラッシュでの日本人移民、明治時代初期からのハワイへの日本人移民増加

 

 ・南アジアおよび清に権益を持つイギリス

 

  インドおよび周辺の南アジアの統治
  アヘン戦争(First Opium War, First Anglo-Chinese War 1840〜1842)後、香港の99年間の租借
  新界(しんかい New Territories)の99年間の租借
  威海衛(いかいえい Ikaiei)を清国政府から租借(1898年)

 

 ・ドイツの中国進出

 

  膠州湾(こうしゅうわん Jiaozhou Bay)を99年間清国政府から租借(1898〜1914)
  その後日本軍への譲渡(日独戦争 1914〜1918)

 

 ・フランスの中国進出

 

  清仏戦争(Sino-French War 18841〜1885)による仏領インドシナ(French Indochina)成立
  広州湾(Kwangchow Bay)を99年間清国政府から租借

 

 ・アメリカの西への進出

 

  ハワイ(Hawaii)、フィリピン(Republic of the Philippines)、グアム(Guam)、清(Qing)

 

  中国を巡り、門戸開放(もんこかいほう)、機会均等を訴える。(1899年、1900年)

 

   一見フェアなことを言っているようで、中国進出へ後発のアメリカが侵略に加わりたいだけ。

 

  オレンジ計画(War Plan Orange 1920年代〜)

 

   太平洋戦争集結まで続いた壮大な対日政策プラン。
   日露戦争後に中国権益をめぐって日本を仮想敵国とみなす。

 

 ・ロシアの南下政策

 

  遼東半島8Liaodong Peninsula)、シベリア鉄道(Trans-Siberian Railway)、満州(Manchuria)

 

  関東州(大連、旅順など)を租借(1898年)

 

 ・日本の富国強兵

 

  清との対立 日清戦争(First Sino-Japanese War 1894〜1895)

 

   日本は、遼東半島(三国干渉で後に返還)と台湾を譲り受ける。

 

  中華民国との対立 日中戦争(Second Sino-Japanese War 1937年〜1945)

 

   満州事変(Mukden Incident, Manchurian Incident 1931)
   盧溝橋事件(Marco Polo Bridge Incident 1937)

 

  日本とロシアの対立 日露戦争(Russo-Japanese War 1904〜1905)

 

   清の旅順(Ryojun)、大連(Dalian)、満州、朝鮮(Korea)の権益がぶつかる。
   日本は、南樺太(South Sakhalin)、遼東半島、南満州鉄道(The South Manchuria Railway)を獲得。

 

  南洋諸島統治(1918年〜1945年)

 

   第一次大戦後、旧ドイツ領の南洋諸島(現在ミクロネシアの島々)を獲得し統治。
   アメリカ領グアムの隣であるなど、アメリカにとって日本は邪魔な存在。

 

 

要するに、アフリカや中東や南米に限らず、南アジア、東アジア、東南アジアに対して、列強各国が侵略し、植民地化していく中で、すでに列強による権益がぶつかっていたということ。その列強に、黄色人種の日本が含まれていたという背景。

 

 

(注)当時の正確な国名には忠実ではない。清、中華民国についても、便宜上中国と表記する場合あり。


日米の攻防〜太平洋戦争とは何だったのか?(2)

(2)日本は、国際連盟に人種差別撤廃法案提案するが否決

 

 第一次対戦後、日本が人種差別撤廃を国際機関で初めて提案をした。(1919年)

 

 二度目の提案で、ウッドロウ・ウィルソンアメリカ合衆国大統領の裁定で否決。

 

 賛成

 

  日本
  フランス
  イタリア
  ギリシャ
  セルビア等、後のユーゴスラビア
  チェコスロヴァキア
  ポルトガル
  中国

 

 反対

 

  アメリカ(投票不参加)
  イギリス
  ブラジル
  ポーランド
  ルーマニア

 

 

大日本帝国が人種差別撤廃を提案した時点で、人種差別が常態化していた欧米では、先進的すぎて反発があったという事実。日本の提案だから人種差別に反対だったのか、撤廃されてはまずい事情があったのか。現代の価値観で見ると異様な光景がここにもある。

日米の攻防〜太平洋戦争とは何だったのか?(3)

(3)日中戦争勃発(1937年)

 

 日本と中華民国(中華人民共和国ではない)との戦争であった。

 

 中国共産党が日本と国民党を戦わせるために内戦に巻き込む。

 

 国民党の敵は日本ではなく、あくまで共産党のはずだった。

 

 ソ連とアメリカは、日中(日本と中国国民党)が争うことで双方の弱体化を狙った。

 

 アメリカやイギリスは国民党を支援。

 

 ソ連は日本の共産化、アメリカは中国を手に入れる思惑があった。

 

 白人側と日本との争いの様相。国民党は白人の傀儡?

 

 国民党もアメリカを利用したい思惑があった。

 

 国民党の仕業を日本のせいに見せかけたり、日本の悪行をアメリカに訴えることに成功する。

 

 

 列強各国、日本、中国共産党、国民党すべての立場の思惑のぶつかり合いがあった。

日米の攻防〜太平洋戦争とは何だったのか?(4)

(4)日独伊三国軍事同盟を締結(1940年)

 

 日本は蒋介石を支援するアメリカを牽制。

 

 これで、アメリカは日本を敵国とみなしたという意見もある。

 

 日・独・伊は、第二次世界大戦における枢軸国となる。

 

 ムッソリーニ(伊)が自ら名乗ったとも言われている。

 

 戦後は、連合国側から見た犯罪の中心的な存在のグループ国ということになる。

日米の攻防〜太平洋戦争とは何だったのか?(5)

(5)ABCD包囲網(1937年〜1941年)

 

 1937年あたりから英・米・中・蘭による一連の経済封鎖が始まった。

 

 ABCD:アメリカ(America)、イギリス(Britain)、オランダ(Dutch)、中華民国(China)

 

 アメリカによる対日経済制裁

 

   航空機ガソリン製造設備や技術の輸出禁止、航空機用燃料・屑鉄・石油などの全面禁止。

 

   石油や食糧などの資源を購入できなくなり、日本の対米資産も凍結される。

 

   特に石油全面禁止の経済封鎖は日本にとってかなり厳しかった。

 

   フランクリン・ルーズベルトの執拗な反日主義により、話し合いに応じないアメリカ。

 

   石油全面禁止は解かず、ハル・ノートという対日要求の突きつけ 1941.11.26

 

   ハル・ノートで、日本は真珠湾攻撃決意したとも言われる。

 

   日本軍のベトナム(仏印)進駐(1940 1941)をアメリカは非難。

 

 

 イギリスやオランダも、アジアにおける権益(シンガポールや蘭印)が日本とぶつかっていた。

 

 

 アメリカは、決して自分から仕掛けない。戦争せざるを得ない状況に日本を追い込んだもの。

日米の攻防〜太平洋戦争とは何だったのか?(6)

(6)日米開戦〜大東亜戦争(太平洋戦争)の勃発

 

 真珠湾攻撃(1941.12.8)

 

   アメリカとイギリスに対して宣戦布告し、マレー作戦と真珠湾攻撃を実施。

 

   真珠湾攻撃によって突然、アメリカとの戦争が始まったわけではない。
   上記(1)から(5)のような背景や歴史的経緯があったということ。

 

 支那事変(日中戦争)と、英米などとの戦争を合わせて大東亜戦争(Great East Asia War)と呼んだ。

 

 結果的に、大日本帝国と、アメリカ、イギリス、オランダ、ソ連、中華民国などの連合国との戦争。

 

 大東亜というのは、東アジアや東南アジアの範囲を指す。
 具体的には、日本、満州、支那、仏印、蘭印など。

 

 アメリカは、大東亜戦争や八紘一宇(はっこういちう)などの用語の使用を禁止し、
 大東亜戦争を太平洋戦争(Asia & Pacific theatre of World War U)と呼ばせた。

 

 八紘一宇というのは、八紘=八つの世界(全世界)を、一宇=一つの屋根の下にという意味。

 

 世界を一つの家にするということ。侵略を正当化するものとみなされた。

日米の攻防〜太平洋戦争とは何だったのか?(7)

(7)結論

 

 ・太平洋戦争というのは、近代化し、列強の仲間入りした要注意の国、日本を貶めるために、
  主にアメリカによるオレンジ計画の一貫だったということ。
  必然性は認めたくないが、危険性は十分にあった。

 

 ・アメリカの日本への執拗な敵視が続いた結果だということ。

 

 ・制裁を仕掛けて戦争を仕向ける、そして犠牲者のように振る舞い、仕返しをする。それがアメリカ。
  「リメンバー○○○ Remenber○○○」

 

 ・列強の中でフェアだった正義の国なんてどこにもなかったということ。

 

 ・今の感覚や価値観で当時を見てはいけない。
  外交手段で決着がつかない時に戦争という手段を選ぶことは当時は正当だった。

 

 ・日清戦争や日露戦争や第一次世界大戦のことは、なぜ問題にしないのか。
  それは日本が戦勝国側だったからだ。

 

 ・勝った側が正しいことになる。勝てば官軍、それだけ。
  フェアなものを追求するなら、戦後も続く国連という連合国による偏った組織を改革するべき。

列強によるアジア支配から独立まで

東南アジア・南アジア Southeast Asia South Asia

列強によるアジアの悲しい植民地時代から独立までの道のりを大まかに列挙してみる。

 

・フィリピン(Republic of the Philippines)

 

   スペインの植民地(フェリペ皇太子が国名の由来)
 → 米西戦争でアメリカの植民地
 → フィリピン第二共和国(日本による傀儡政権)
 → アメリカ
 → 1946年独立(フィリピン第三共和国)

 

・ベトナム(Socialist Republic of Vietnam)

 

   フランスの植民地(フランス領インドシナ、仏印)
 → 日本による北部仏印進駐
 → 日本による南部仏印進駐 → (太平洋戦争勃発 →)
 → 1945年3月11日 日本の援助でベトナム帝国の独立宣言
 → 9月ベトナム独立同盟がベトナム民主共和国(北ベトナム)の樹立
 → 1946年〜1954年フランスとの独立戦争集結、フランス撤退
 → 1954年北ベトナム(ソ連と中国による後ろ盾)と南ベトナム(アメリカによる後ろ盾)の分断
 → 1960年ベトコン(Viet Cong)結成 → 1962年ベトナム戦争開始
 → 1975年サイゴン陥落、北ベトナム実権掌握、ベトナム戦争終結
 → 1976年ベトナム民主共和国をベトナム社会主義共和国に改名

 

・インドネシア(Republic of Indonesia )

 

   オランダの植民地(オランダ領東インド)
 → 日本による軍政(インドネシアという呼称を使用)
 → 1945年独立宣言(インドネシア連邦共和国)
 → インドネシア独立戦争
 → 1949年オランダによる承認
 → 1950年単一のインドネシア共和国の樹立を宣言

 

・カンボジア(Kingdom of Cambodia)

 

   フランスの植民地(フランス領インドシナ、仏印)
 → 1940日本による仏印進駐
 → 1941年一部タイに割譲
 → 1949年フランス連合下での独立
 → 1953年完全独立

 

・ラオス(Lao People's Democratic Republic)

 

   フランスの植民地(フランス領インドシナ、仏印)
 → 1940日本による仏印進駐
 → 1941年一部タイに割譲
 → 1949年フランス連合下での独立
 → 1953年完全独立

 

・ビルマ(Republic of the Union of Myanmar)

 

   イギリスの植民地
 → 1939年日本の後押しでビルマ国建国
 → 1945年アウンサンによるクーデター、政府は日本に亡命
 → 1945イギリス領
 → 1948年ビルマ連邦として独立(Union of Burma 英国連邦離脱)
 → 1989年ミャンマー連邦へ国名変更(Union of Myanma)

 

・マレーシア(Malaysia)、シンガポール(Singapore)

 

   ポルトガルの植民地(ポルトガル領マラッカ)
 → オランダ領マラッカ
 → 1795年イギリスによるマラッカ獲得
 → 1874年イギリス領マラヤ
 → 1942年日本軍がマラヤ全域を占領
 → 1947年 マラヤ連邦、イギリス領植民地の集合体で結成
 → 1957年マラヤ連邦イギリスより独立(イギリス連邦 the Commonwealth)
 → 1963年独立(マレーシア成立)
 → 1965年シンガポールがマレーシアから独立(イギリス連邦 the Commonwealth)

 

・ブルネイ(Brunei Darussalam)

 

   ポルトガルの植民地
 → スペイン
 → オランダ
 → イギリス
 → 日本
 → イギリス
 → 独立(イギリス連邦 the Commonwealth)

 

・インド(India)

 

   イギリスの植民地
 → 1947年8月15日イギリスより独立(イギリス連邦 the Commonwealth)

 

・パキスタン(Islamic Republic of Pakistan)

 

   イギリスの植民地
 → 1947年独立(イギリス連邦 the Commonwealth)

 

・バングラデシュ(People's Republic of Bangladesh)

 

   イギリスの植民地
 → 1971年独立(イギリス連邦 the Commonwealth)

 

・スリランカ(Democratic Socialist Republic of Sri Lanka)

 

   イギリスの植民地
 → 独立(セイロン Dominion of Ceylon)
 → 1972年国名をスリランカ共和国に改称(イギリス連邦 the Commonwealth)

 

・モルディブ(Republic of Maldives)

 

   イギリスの植民地
 → 独立(イギリス連邦 the Commonwealth)

 

・台湾(中華民国 , Republic of China , Chinese Taipei , Taiwan)

 

   オランダの植民地
 → 鄭氏政権
 → 清朝
 → 日本(Empire of Japan)
 → 中華民国政府進駐、実効支配、

 

・南樺太(South Sakhalin)

 

   1875年樺太・千島交換条約締結により全島ロシア領
 → 1905年ポーツマス条約締結により日本へ割譲
 → 1945年ソ連侵攻後、実行支配
 → 1951年サンフランシスコ講和条約に基づき、日本は南樺太の領有を放棄
    ソ連が未調印のため国際法上南樺太の帰属は未確定

 

・千島列島(Kuril Islands)

 

   1875年樺太・千島交換条約によって、全千島列島が日本領
 → 1945年ソ連侵攻後、実行支配
 → 1951年サンフランシスコ講和条約に基づき千島列島の領有を放棄
    ソ連が未調印のため国際法上千島列島の帰属は未確定

 

・関東州(遼東半島の先端部 Kwantung Leased Territory)

 

   ロシアの租借地
 → 1905年のポーツマス条約で日本の租借地
 → 1945年ポツダム宣言により中華民国が接収

 

・朝鮮(大韓民国:Republic of Korea / South Korea、
     朝鮮民主主義人民共和国:Democratic People's Republic of Korea / North Korea)

 

   中国歴代王朝による属国
 → 日清戦争後、1897年朝鮮王朝(李氏朝鮮 Joseon Dynasty)が中国最後の王朝清から独立
 → 1910年 韓国併合ニ関スル条約に基づいて大日本帝国が大韓帝国を併合
 → 北緯38度線以南をアメリカ合衆国に、38度線以北をソ連に占領され、両国の軍政支配へ
 → 1948年大韓民国樹立
 → 1948年朝鮮民主主義人民共和国樹立

 

・南洋群島(北マリアナ諸島・パラオ・マーシャル諸島・ミクロネシア連邦など)

 

 北マリアナ諸島(Commonwealth of the Northern Mariana Islands)

 

   スペイン領
 → ドイツ領
 → 日本領
 → アメリカ委任統治
 →1986年アメリカ保護領(Commonwealth)

 

 パラオ(Palau)

 

   スペイン領
 → ドイツ領
 → 日本領
 → アメリカ信託統治
 → 1994年独立

 

 マーシャル諸島(Republic of the Marshall Islands)

 

   スペイン領
 → ドイツ領
 → 日本領
 → アメリカ信託統治
 → 1986年独立

 

 ミクロネシア連邦(Federated States of Micronesia)

 

  スペイン領
 → ドイツ領
 → 日本領
 → アメリカ信託統治
 → 1986年独立

 

 

こうして大まかにでも、南アジアや東南アジアの国々の歴史を追ってみると、
スペイン、ポルトガル、オランダの植民地時代から、
イギリス、フランス、アメリカ、ドイツ、日本による時代を経て、独立したいったことが分かる。

 

何世紀にも渡り、列強に翻弄されたということ。

 

日本は、アジアの国々の、西洋列強からの独立に、結果的に貢献できたことが、せめてもの救いだ。


戦争と日本

国際連合 United Nations

 

戦争を特集したコラムの記事は、重たい話であり、当ページの記事を自ら読みながら考えこんでしまう。

 

いくつかこだわりの話題を述べておくことにしよう。

 

避けずに直視しておきたいというだけだ。

 

 

東京裁判

 

 連合国が日本を裁いた、いわゆる東京裁判。

 

 正式には極東国際軍事裁判。 (The International Military Tribunal for the Far East 1946〜1948)

 

 この裁判では、「平和に対する罪」という当時存在しなかった罪が、後追いで作られた。

 

 平和を問うなら、アメリカが行なった東京大空襲や広島や長崎の原爆投下は何故問われないのか。

 

 それらを隠すために、フェアでない判決を下したのだ。

 

 結局、戦勝国が戦敗国を裁いた裁判というだけのこと。

 

 

A級戦犯

 

 「A級戦犯ってどんな罪か知ってますか?」と聞いても、中国や韓国の人はほとんど知らないようだ。

 

 これは、戦争犯罪の「分類」を表すもので、罪の重さや大きさの「ランク(等級)」ではない。

 

  A級戦犯は、平和に対する罪

 

   侵略戦争の計画や開始、遂行など。

 

   最も罪が重い等級のグループの人たちという意味ではありません。

 

   裁かれた人のうち、東條英機、広田弘毅、松岡洋右などの名前は知っている人も多い。

 

   対米英開戦時や開戦前の首相だったり、
   対米英開戦前の外務大臣で国際連盟脱退に関与した人物だ。

 

  B級戦犯は、通例の戦争犯罪

 

   戦争法規違反(rule)など狭義の戦争犯罪で、占領地の人民の殺人、虐待、奴隷労働など。

 

   分かりやすく言えば、ルール違反を犯した罪。

 

  C級戦犯は、人道に対する罪

 

   戦前もしくは戦時中に、一般人民に対して行われた殺人、奴隷化など。

 

   分かりやすく言えば、ナチスによる虐殺など。

 

 こうやって個別に見てみると、B級より、C級の方が罪が思いように感じる。

 

 また、計画を建てた人と虐殺した人とどっちが罪深いのか?

 

 A級戦犯、B級戦犯、C級戦犯というものは、分類であることがわかる。

 

 A級戦犯だけ重要視するのはナンセンス。

 

 

日本国憲法第九条

 

 戦後に作られた日本国憲法の九条というのは、戦勝国による武装解除というだけのこと。

 

 崇高な理念などではない。

 

 「国の交戦権は、これを認めない」ということは、国同士の争いができないということ。

 

 この文言があるせいで、外国の民間人のはねっかえり(軽はずみな暴挙に出る人)ではなく、
 国家として、日本の国益を損なう暴挙に出てきた時、日本は何もできないということ。

 

 そういう意味で拉致事件は本当に悲しくて悔しい。

 

 一部の民間人の仕業ではなく、国家が関与してやったことにすれば、手が出せない。

 

 それを分かってて、2002年、北朝鮮は日本人拉致を認め、謝罪した。

 

 つまり、国家としての仕業にすれば、絶対に手出しできないことを、
 日本人が自らを法的に縛ることになった。

 

 竹田恒泰氏が述べるように、「侵略のための戦争はしない、ただし、自衛のための戦争はする。」
 というような、誰もが納得して、解釈の違いが生まれようもないものにしたいものだ。

 

 

・日本は、現在の中国と戦争したわけではない。

 

 中国の大陸では、幾度も他民族により王朝が変わってきた歴史がある。

 

 中国4000年とか5000年の歴史とか言われるが、
 現在の「共産党という名の王朝」は1949年に成立した。歴史は浅い。

 

 正式には、中華人民共和国(People's Republic of China)。

 

 戦勝国ではない。

 

 日中戦争終結時点では、中華民国(Republic of China )という別の国であった。

 

 中国はロシアと対日戦勝を共に祝う動きがあるるが、戦勝国は国民党率いる中華民国。

 

 歴史の深みを伝えたい時だけ、悠久の歴史を持つ国であったことにしたいようだ。

 

 

・日本は、韓国とも北朝鮮とも戦争をしていない。

 

 両国とも終戦当時は条約によって併合された日本だった。

 

 戦勝国ではない。

 

 

連合国(UN)

 

 国連(国際連合 UN)と日本で呼ぶ名称は、連合国(United Nations)のこと。

 

 太平洋戦争終結直前に産声をあげた国際機関で、
 戦後、崇高な理念の下に新しくできた組織などではない。

 

 第二次世界大戦の戦勝国である常任理事国には、拒否権という特権があるため、
 非常にアンフェアだ。

 

 常任理事国は、 国際連合安全保障理事会常任理事国というのが正式名。

 

 アメリカ、イギリス、フランス、ロシア、中国の五ヶ国。

 

 常任理事国自身が問題起こしても、自ら拒否できるってこと。

 

 各国の思惑がぶつかる組織なのだ。

 

・たった一度の敗戦

 

 戦争が強く、他民族に侵された経験のない日本。
 (海外の局地戦で負けたということではなく、異国の民族に国を奪われたことがないという意味)

 

 たった一度負けたことがとてもショックだった。

 

 負けたら何でも言うことを聞かなくてはならないという思い込みを持ってしまった。

 

 だから、誇りを捨ててでも犬になろうとした。

 

 そうすれば、相手の怒りが収まり、それ以上国益を損なわないと信じたかったかのよう。

 

 戦争に負けただけで、アメリカの奴隷になったわけではないのだ。

 

 戦後レジュームや戦敗国としての思い込みからの脱却をするべく、
 現在の日本人は、意識と態度を見直しつつあると思う。

 

 もちろん、私達多くの日本人は、贖罪の意識があり、
 償いをしたい気持ちは持っており、反省することは多々ある。

 

 そこに付け込み、歴史を捏造して言いがかりをつける一部の国には辟易するばかり。


靖国とアーリントン

アーリントン墓地には、奴隷制度を守るために戦った南軍の将校も埋葬されている。

 

ここに参拝するオバマ大統領に対して、まさか奴隷制度を肯定することになると思う人はいない。

 

宗教色なく、祖国や家族や自分が信じるもののために戦って亡くなったものすべてを受け入れている。

 

しかし、アーリントンが宗教色が薄いから評価されるというのは、アメリカだから意味がある話。
生活基盤が、多くの宗教で渦巻いている国だから、せめてそこだけはということ。

 

大統領就任時の宣誓に、日本人は違和感を持つ。

 

So help me God.って最後に言うけど、どこの神よ。

 

納得していないアメリカ国民もいるんじゃないの。

 

日常では、アメリカこそ宗教が切り離せないのだ。

 

 

靖国神社というだから、つまり神道だから、けしからんという日本人がどれだけいるのか。

 

少数だけどいるとは思う。そこに祀られている外国人の遺族も不快かもしれない。

 

それは、ずっと後のステージの問題かもしれないが、今じゃない。

 

A級戦犯が、宗教色のない施設で祀るようになっても靖国問題は残ると思う。

 

とてつもなく長い神道の歴史、村八分の慣習、死体に鞭打たない精神性。

 

政治家などではなく、一般の国民が靖国神社や戦没者を祀った神社を参拝するのが日本。

 

日本人にとっては、特定の仏教の宗派なら問題あっても、神社だから抵抗がない。

 

靖国神社への参拝は、純粋に英霊を慰めるのであって、軍国主義を肯定することにはならない。

 

戦争の勝敗にも関係しない次元の話。

 

ドイツ人作家トーマス・マンが述べている。

 

  「ドイツ国民の皆さん、東洋の国日本にはなお騎士道精神があり、
  人間の死への深い敬意と品位が確固として存する。」

 

 

残念なのは、「何か言われるから」、言うことを聞くことで解消してあげたいと思う日本人。

 

争いが発生すればすぐに解消させたい日本人。争いはケガレだから。

 

争いの元を抱えていること自体もケガレ。

 

争いの元を反省し、自ら無くす誠意を見せようとさえする。

 

それは、日本人に対してだけ通じる。

 

バラバラな意見の違いが当たり前とは思っていなくて、
問題や事件が逐次で起こるのではなく、バラバラのタイミングでが起こるとパニックになり、
性悪説が当たり前とは思いたくない。

 

完全一致を求め、順番に処理するという機動力のなさで、悪いものに出会った時に慌てる。

 

誰のための日本なのか。

 

アメリカも含めて、連合国の勝利のままで、日本がおとなしくし続けた方が都合がいい国の思うつぼ。

 

言うことを聞けば、別のネタでまた「何か言いがかりとつける」ことに気づかないと。

 

 

ところで、靖国参拝を非難する特定の国は、参拝する一般国民は責めない。

 

有名人とか政治家だけ。

 

徹底していない。

 

参拝に意義を唱えるなら、誰でもダメだろう。

 

実は、選挙で選ばれる政治家は、自分を支持する有権者のために参拝する事情がある。

 

思想信条にもとづく行動ではなく、現実主義でやってる意味合いが強いのだ。

 

日本人全員を敵にも悪者にできず、政治家を叩いて自国の国益に有利にしたいだけ。

 

本当は、家族や国のために、謙虚に、利他的に働き、武士のように死ねる日本人が恐いんじゃないの。

 

その象徴としての靖国神社を叩きたいのか。

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